Kazuhiro Kajihara

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ロールとアレンジメント

ロールとアレンジメント

 ダイバーシティの問題を考えていて陥りがちなのは、ロール(役割)を見るのかアレンジメントをみるのかの問題だと思う。

 ロールはスタティックには捉えられない。なぜなら進行のないロールはありえないし、他者から見た自身がロールだからだ。子供にとってご飯を作ってくれる母親は父かもしれないし、一緒に遊んでくれる父親は母かもしれない。父親、母親という役割である。

 一方アレンジメントは、非常にスタティックに捉えられる。全てを内包しており、自身で自身を見る事も出来るし、他人も自身も含まれている。そこには男である女、女である男がある。白人は黒人で、またアジア人であり、オイディプスのモーツァルトや軍国主義のゴーギャン、反転した時計や三人いる双子もあるかもしれない。

 面白いのは、中空構造も三位一体も、アレンジメントな点である。ドゥルーズのリゾームも樹木もアレンジメントである。既に思考の根幹が静的なものに含まれている。という事はダイバーシティにおける問題もロールに着目ばかりせず、静的な、つまりアレンジメントにも着目して考える必要があるのではないか。