Kazuhiro Kajihara

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2017年5月16日

2017年5月16日

 この日の数日前、パリのシテユニベルシテでコンサートをしていた。友人3名と僕、計4名で現代音楽の、それもユレルや武満(フルートデュオ)と、確かサーリアホ、佐原くんの曲のコンサートだ。

 この時期はひたすら自分たちの企画でコンサートをするのにハマっていて、なぜなら絶大な信頼ができる仲間たちがいたからなんだけど、毎日たまらない緊張感と開放感があった。体力的にはキツくて、というのも既に拠点は日本に移っていたので、パリは短期滞在だったからだ。

 この時の一連のコンサートは、今考えれば逃走線であり、新たなリズムを産み出し、その瞬間をいかにスタティックにとらえ、何を足すのか引くのか、アレンジメントするのか、違う次元をいかに見つけ出すか、そんな事に苦心していた。

 多分とてもワガママだったと思うし、自分と自分の近くの人の周囲のことしか考えていなかった。

 今になっても、帰りにあの時のメンバーが一人ずつメトロから降りていって、最後に僕一人が窓の開いたやかましい車内に残された、その時の手の感触や肌の温度、音や匂いから光までを鮮明に覚えている。少しだけ空虚で死ぬほど充実していて、泣きたいんだけど笑ってて、笑いたいんだけど泣いてて、感情の整理がつかないのに感謝の気持ちがずっと止まらなかった。